定年後に「やりたいことをやる」ために育てておくものは?

1.サラリーパーソンと主体性の関係

わたしは,57歳で子会社に転籍するまで,39年間(高卒で就職し,大学は働きながら通信制で卒業しました)ずっと一つの会社で働き続けました。終身雇用の1パターンであり,わたしの世代では特に珍しくありません。

会社人生全体を通してみると,楽しいことも面白いこともありましたが,不満もあるなあ。サラリーパーソンでは当たり前のことですが,基本的に組織で働くとは個人の意向よりも,会社の方針,上司の意向が優先されなければなりません。

仕事に対する自由度がなく,時間・身体を拘束されて,その対価の報酬を受け取るがサラリーパーソンの働き方だと言えます。長年やっていると,慣れてはきますが,一生懸命考えたことや,やりたいことができないことは,かなりストレスのたまることですね。

このように,定年前まで会社という環境に適合すべく「主体性」を抑えてきたのに,定年後一転して,今度は「自分で道を探しなさい!」と言われると,前回も話したようにこのような「コペルニクス的転換」に立ち往生する人がいて当然ですね。

2.会社への“依存”から,会社からの“自立”へ

定年後の過ごし方で,アンケート調査で定年退職したらやりたいことの1位は常に「旅行」ですね。

実際,念願の旅行に行って帰宅します。世界一周クルージングに出かけたとしても期間は半年程度,残りの時間はどうするか。

退職後のお疲れ様旅行の後に,長い長い定年後の8万時間が待っています。もっと長期的なプランが必要です。

また,仕事仲間や後輩も付き合ってくれるのははじめのうちです。

暇を持て余していきます。図書館と大型ショッピングセンターでの時間つぶしに出かけるようになります。ほかにいく場所がないのです。

「濡れ落ち葉」という言葉があります。

「払っても払ってもなかなか離れない」様子から転じて、主に定年退職後の夫が、特に趣味もないために、妻が出かけようとすると必ず「オレも(付いて行く)」と言って、どこにでも付いて来る様子を指すように。妻にべったりの夫」そのものを指すこともあります。

妻もうっとうしく感じますね。それをずっと続けていると,熟年離婚ということにもなりかねません。

定年後の人生に今までのように,寄り掛かれる大樹や頼れる会社はいません。自分自身の力で切り拓いていくには,「依存から自立」へのプロセスが必要です。

しかし,心配ばかりではありません。良い面もたくさんあります。定年後は自由な発想で時間を使うことができます。束縛されることもなく,しがらみもなく生活できます。

自分の意思に従い,思いついたことをトライアンドエラーで実行することができます。定年後こそ,本当の自分の人生の旅が始まると言えます。

3.主体性とは

『7つの習慣』で,著者のスティーブン・R・コヴィーは,第1の習慣に「主体的である」ことを唱えています。

コヴィーの「主体的」とは,自発的に率先して行動することだけを意味するものではなく,人として,自分で選んだ人生の責任を引き受けることも意味しています。

では「主体性」,「主体的」の本来の意味を確認しましょう。

主体性とは,どんな状況においても自分の意思や判断で責任をもって行動する態度や性質のこと。つまり主体性がある人とは,状況に応じて自分が何をすべきかを考え,判断し行動できる人ということですね。主体的とは,主体性のある行動に移ることや実行することを言います。ほぼコヴィーの「主体的」と同義といえるでしょう。

似たような言葉に「自主性」というのがありますが,「主体性」と「自主性」の関係は,主体性が自主性の上位概念であることになります。自主性は「言われたことを率先してやる」,主体性は「すべきことを自ら考え行動ができる」と解釈されます。

それでは,サラリーパーソンが定年前に「主体性」を身につけるためには,どうしたらよいのか。

4.定年前に“もう一人の自分”をつくる

ここで大きな矛盾が発生します。サラリーパーソンは主体性を身につけなければならないが,それを会社では発揮してはならないということです。

決定権を持つのは上の者であり,個人個人が大きな主体性を持って仕事をすることは,仕事を円滑に進めるためには支障となるからです。

人事・キャリアコンサルタントで定年に関する著書を多く書いている楠木新氏は『会社に使われる人 会社を使う人』(角川新書)で,
 

定年後の人生への移行でつまずく人の多くは,在職中の人生の大半を会社員という唯一のマインドで生きてきた人たちだ。一方で,在職中から,サラリーマン以外の“もう一人の自分”を準備しておけば,退職したあとも戸惑いは少なくてすむ。会社の仕事一本で幸せな人生をまっとうできたのは,もはや過去の話しなのである。

続けて,転身後や定年後をいい顔で過ごしている人の大半は例外なく,サラリーパーソンをやりながら,“もう一人の自分”をつくってきた人たちだといい,サラリーパーソンの立場を利用し会社の資源を存分に使って主体性を育んだ人が多いのだといいます。会社の資源とは,「多くの人に出会えること」「会社の仕事が社会とつながっていること」などだそうです。

そして,「スーパーマンのクラーク・ケント」や「必殺仕事人の中村主水」を引合いに出して,組織の一員ともう一人の自分を演じ分けること,そういう複数の自分をもつことが,人生を豊かにすることに繋がると述べています。今なら,副業も可能になってきています。

このように,会社を全否定しないで,あくまで会社と共存共栄をめざしていくことの方が定年前には大切だと思います。

精神科医で心理学者のアルフレッド・アドラーの理論に「自己決定性」というのがあります。「人間は,自らの運命をつくり出す力を持っている」とし,そのための舵取りを「自己決定性」とします。

人は,あらゆる出来事に対して自分自身で意味づけを行い,それに向けて対処していきます。つまり,同じ事柄でも,どう捉えるかは自分次第ということです。

「主体性」を発揮することが会社のなかでは無理でも,会社を離れて“もう一人の自分”が別な場所で主体性を発揮することは可能ですね。

5.まとめ

今回は,サラリーパーソンは会社で主体性を抑えてきたのに,定年後に主体性を発揮しなくてはならないのは辛い現実であること,定年前に“もう一人の自分”を準備して主体性を育むことの大切さについて考えてみました。

定年退職後に大切なのは,「キョウイク」と「キョウヨウ」だそうです。「今日,行くところがあること」と「今日,用事があること」です(笑)。

出来るだけ早く会社への依存から脱し,自立した自分になるためにも準備が大切です。定年前に主体性を心に育てておきましょう。あなたはどう思いますか?