定年後に「生きがい」を感じられる心の準備とは?

1.「生きがい」とは

一般に「生きがい」とは,「生きるはりあい」,あるいは「しあわせを感じるもの」,「生きる価値を実現できるもの」と考えられています。「生きる意味」自体を指す場合もあります。

広辞苑では「生きるはりあい」「生きていてよかったと思えるようなこと」と記載されています。

ただ,必ずしも定見が定まっているとは言えません。識者によって微妙に異なった意味を持つようです。

多様な側面をもつ「生きがい」ですが,共通するのは,健康であるとか,経済的に豊かであるとか,文化的な生活であるとか,というような一定の良好な状態を表すというよりは,何か他人のためになる,あるいは社会の役に立っているという意識や達成感が加わったものということがいえるようです。

精神科医の神谷美恵子『生きがいについて』(みすず書房)によると,生きがいとは,「存在の根底から湧き上がってくるもの」「自分でしたいことと義務が一致すること」「使命感に生きること」と述べています。

また,生きがい感はただよろこびからできているものではなく,さまざまな感情の起伏や体験の変化を含んでこそ生の充実感があるとします。

「ほんとうに生きている,という感じをもつためには生の流れはあまりになめらかであるよりはそこに多少の抵抗感が必要であった。したがって,生きるのに努力を要する時間,生きるのが苦しい時間のほうがかえって生存充実感を強めることが少なくない」

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自分の人生を振り返るとき平穏無事に過ごしていたときのことは思い出がないものですね。一方で思い出されるのは,苦しかったとき,辛かったときのことなのではないでしょうか。

そこを乗り越えて今がある。それは自分の「自信の素」であり,さまざまな思いが詰まった印象深い時期ということになります。

そう考えると,何か行き詰まりを感じたり,逆境に追い込まれたときは,生きがい感を手に入れる絶好のチャンスです。まさに,定年後に不安を感じている今が生きがいを考えるために「用意された時間」ということになるわけです。

2.「生きがい」を感じる準備とは

現役時代,サラリーパーソンは常に「効率」を求められてきました。仕事でも収益でもすべて効率的に実行するために計画を立ててきました。

一方,定年後に大切なのは,効率的でなくても構わないので,より心の満足を得られ「幸せ」を感じられる生き方ではないでしょうか。

「生きがい」を感じられるためには,何と言っても心が楽しめて,「幸せ」を感じられることが大切です。

心理学者のアルフレッド・アドラーは,質的幸福を求めることが重要だと指摘しています。「どれだけ成果が上がった」「どれだけ儲かった」と,形や数字で見える成果が量的成功であり,サラリーパーソンは目的を立て,数字として明確に表されるそのゴールに到達することに目指してひたすら働いています。

一方,「どれだけ楽しめたか」「どれだけ学べたか」と,心で得られる達成感が質的幸福です。定年後に向いているのは,この質的幸福です。もう効率や量的なゴールを目指すのではなく,日々の充実感や生きがい感を大切にするのです。

質的幸福を求めることで,成功とは関係なく,生きていること自体が幸福と感じられるようになるのではないでしょうか。

生きがいにも目的や目標を求める人がいますが,その心を解きほぐす必要があります。

目的や結果を求めずに行為そのものに意味を感じる生き方もあります。行為の結果から何がもたらされるかなどは考えずに目の前のすべきことに没頭する。

子供の頃に無我夢中でやったプラモデル作りやパズルを解くこと,取り組むことで充実の時が得られる。そのように,プロセスを生きるという姿勢を大切にしたいですね。

先に紹介した神谷美恵子氏は次のように述べています。
神谷美恵子『生きがいについて』
「人間はべつに誰から頼まれてなくても,いわば自分の好きで,いろいろな目標を立てるが,ほんとうをいうと,その目標が到達されるかどうかは真の問題ではないのではないか。ただ,そういう生の構造のなかで歩いていることそのことが必要なのではないだろうか。その証拠には一つの目標が到達されてしまうと,無目的の空虚さを恐れるかのように,大急ぎで次の目標を立てる。結局,ひとは無限のかなたにある目標を追っているのだともいえよう。」

特に目標が見当たらないときは,何かに没頭することで生活に張りが出ます。自分の能力を最高度に使って何かに挑戦しているとき,集中力が高まり,時間を忘れ,そのことに深く没頭することです。自分の能力を十分に発揮していると,生活を豊かにすることに繋がります。

金のための仕事から解放されたときのために,趣味人になる勉強をするのも楽しい。気になっていた勉強や活動を試してみる。若いころにやりたかったことでいまできそうなことに挑戦してみるのもいい。

そうした楽しみに使える予算を定年前から,こつこつと貯めておきましょう。生活に困らない程度に資金確保をすることで,心豊かな生活への道が開けます。

3.主体性を回復するチャンス!

心理学者の榎本博明氏は『50歳からのむなしさの心理学』(朝日新書)のなかで,現代の会社員の「呪縛」を次のように述べています。

「会社員のうちは,すべきことに日々追われているため,ほぼ自動的に暮らすことができます。だが,すべきことがない,通うべき場所がない,数十年ぶりに自由を手に入れるわけだが,その自由な時間をどう使ったらよいかがわからず,自由が重荷になってしまう人もいる。」

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社会が組織化され多くの人々が,サラリーパーソン化した現代,組織の原理によって動かされる部分が大きくなり,個人の主体性が奪われがちです。主体性を回復したいと思っても組織のなかではなかなか難しい。

与えられた裁量の範囲内で,ささやかな主体性を発揮するように工夫する人もいるでしょう。将来,思い切り主体性を発揮して暮らせるように,今は我慢するときだと考える人もいるでしょう。家族のために職務上では主体性の発揮を断念し,私生活をもっと主体的に生きるようにしたいという人もいるでしょう。

コピーライターで「ほぼ日刊イトイ新聞」の代表の糸井重里氏は,40代までは他人の要求に応える形で仕事をしていたが,50代になって他人の要求に応えて「やらなきゃいけないこと」だけをやっていたら人生終わっちゃうな,と気づいたといいます。「自分の人生の主人公は自分だ」と気づくのが50代なのだといいます。

精神科医のヴィクトール・フランクルは人生の問いにコペルニクス的転換が必要だといいます。

フランクル『それでも人生にイエスと言う』(春秋社)
生きることに疲れた二人の人物が,「もう人生に何も期待できない」と言うのに対して,フランクルは「人生に対して何かを期待するのではない。人生が自分に何かを期待しているはずだ。それが何かを考えてみよう」と問いかけた。

自分を待っているものはないか。自分がすべきことはないか。自分に期待してくれている人はいないか。自分が生きていることを喜んでくれる人はいないか。このように問うことで,生きる意味が見えてくることがあるとフランクルは述べています。

定年後の長い人生の旅に最も必要なものは,「主体性の心」のように思いますがあなたはどのように考えますか?

最後に,2007年のアメリカ映画「最高の人生の見つけ方」で,ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマン演じる余命残り僅かと宣告された二人の高齢の男が「やりたいことリスト」を書き,それを実行しながら残された人生を活き活きと過ごす姿が描き出されていました。生きがいが見つからない人はこの「やりたいことリスト」を作ってみるのもいいかも。

4.まとめ

今回は,いままで会社や仕事一辺倒で過ごし,定年前だが「生きがい」といえるものがないという人も少なくないと思いますので,「生きがい」を感じられる心の準備に焦点をあててみました。

精神科医の神谷美恵子氏は「生きがい」を,「存在の根底から湧き上がってくるもの」「自分でしたいことと義務が一致すること」「使命感に生きること」と述べていました。

「生きがい」を感じられるためには,何と言っても心が楽しめなくてはいけません。心理学者のアドラーも,質的幸福を求めることが重要だと指摘していました。

糸井重里氏は「自分の人生の主人公は自分だ」と気づくのが50代なのだといいます。