✅中高年は「できていること」「得意なこと」に意識を向ける!✅使命が見つかれば「強み」を見つけたのも同然🌈あなたが何をして人に喜ばれたいのかが答えですよ?

・今回は、2023.1.4のダイヤモンドオンラインに掲載された「強み発掘コンサルタント」の土谷愛さんの記事から、中高年の「自分の強み」の発見について考えてみます。

1.自分の強みを知って活躍できる人と「強みがわからない」と悩む人のちがい

・自分は何をやってもダメだと思う人がいる一方で、いつどんなときも物事に前向きに取り組み、やったことのない「初めての挑戦」であっても、なんだかんだと着実に望む成果を手にする人がいます。

・なぜ、彼らのように「自分の価値観や強みを知って活躍できる人」と、いつまでも「自分の価値観や強みがわからないと悩む人」とが生まれるのでしょうか?

・土谷さんは、その答えを自分に対する解釈の差にある、と考えます。

・つまり、いつも「強みを活かして望む成果を手にできる人」は、「自分の価値観を大事に生きてよい」「自分にも強みがあるはずだ」「自分ならできる」など、自分に対してプラスの解釈を持っているのです。

・自分に対して否定的な思い込みがほとんどない、ともいえます。彼らは「自分にも強みがあるものだ」という思い込みのメガネをかけて、いつも自分のことを見ているのだ、といいます。

・自分にも強みがあるという思い込みのメガネをかけていると、「今日できたこと」や「人から感謝されたこと」「褒められたこと」などに目が向くようになるのだそうです。

・「できなかったこと」「評価されなかったこと」ばかりに自然と目がいくようになり、どんどん自信をなくしてしまっていたのです。

・でも今思えば、「できていること」や「得意なこと」もきちんとありましたね。

・それを「できたこと」として認識はしていなかったのです。いくら自分の中に「強み」となりうる特徴があっても、「かけているメガネ」が曇っていては、決してその強みに気がつくことはできない、と土谷さんは述べています。

・強みに気付けるようになると、人生が大きく変わります。次に、どのように強みを見つけるのか、分かりやすい方法をわたしなりに考えてみます。

2.哲学者キルケゴール「使命の中に私たちの生まれ持った才能が隠されている」

・「快楽と痛みの法則」というのをご存じでしょうか。人間の行動について、精神分析で有名な心理学者フロイトは、人間の“イド=無意識”は快楽を求め、苦痛を避けようとすることを突きとめました。人間は常に「快楽」を求め、「苦痛」を避けようとします。

・どちらが強いかというと、「苦痛」を避ける欲求のほうが、「快楽」を求める欲求よりも強いといわれています。苦痛を避けるのは、未知の場所や不安な世界を避けるのも同じ心理です。

・中高年になると、どうも保守的で安定、現状維持を求めがちです。それは、遠い昔、わたしたちの祖先が狩猟で生活していた頃、いつどんな動物に襲われるかわからないという危険がいっぱいある生活を強いられました。

・いつも行動している場所ならば、どこにどんな危険があるかわかりますが、未知の場所はそれがわかりません。だから、わたしたちには新しい環境に身を置くことを避ける本能があると知られています。人間の本質的な側面が隠されているのです。

・この状態が長く続くと、「成長」も「強み」も必要なくなるように感じます。

・哲学者キルケゴールの言葉に、「私たちがこの世に生まれてきた目的は、使命を見つけて実践することです。使命の中に私たちの生まれ持った才能が隠されているのです。」というのがあります。高校生のときにお付き合いしていた女性がいつも言っていました。いい言葉だなあ、とずっと思っていました。

・さきほどの「強みの発見」にも繋がると思います。言い換えれば、使命が見つかれば「強み」を見つけたのも同然です。

・では「使命」を見つけるにはどうしたらよいのか、という新たな疑問が出てきます。

・これには、誰にも共通するやりたいことは、「人に喜ばれること」でしょう。自分は何をやって、何を通して人に喜ばれたいのか、を見つけるのが分かりやすい「強みの発見方法」だと、わたしは思います。

・「バタフライ効果」とい心理プロセスの用語があります。最初の15%に集中すれば、残りの85%は何の努力もなしについてくるというものです。

・自分が完全に納得するまで行動しないのではなく、小さくてもいいから羽ばたいてみる。行動しなければ現実は1ミリも動きません。これは、燻っている中高年にこそ最も大事な態度です。

・行動することによって、自分も変わってきます。周囲も変わってきます。行動することによって見える景色が変わってきます。

・人生100年時代と言われ、50代は人生の折り返し。別な言い方をすれば、人生を2度生きられる時代にわたしたちは存在しています。それならば、いま住む居心地の良すぎる場所から少し出て、新たな環境に旅立ってもいいではありませんか。