定年退職と退職金事情について

☆「定年退職」とは?法律の根拠は?
 

定年制とは労働者が一定の年齢に達したときに,企業を強制的に離職する制度です。企業がその年齢を定めていて,労働者がその企業との雇用契約を解消することになります。こんにち労働者の定年を定める場合は,定年年齢は60歳を下回ることはできません(「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」,以下「高年齢者雇用安定法」)。また,企業には65歳までの高齢者雇用確保措置が義務付けられています。

したがって,企業は次のいずれかの措置を講じなければなりません。
  ①定年の引き上げ
  ②継続雇用制度の導入(再雇用制度等)
  ③定年の廃止
 是非,勤務先の措置内容を「就業規則」で確認してみてください。

 定年が法律に具体的に明記されたのは,1986年の改正「高齢者雇用安定法」(この法律が制定されたのは1971年)が初めてです。60歳定年が企業の努力義務になりました。それまではというと,各企業がそれぞれ就業規則に定めていましたが,55歳定年が一般的に普及していました。

「定年後の経済学」(橘木俊詔,2019,PHP研究所)によれば,この歴史について,
①戦前の大企業の一部において50歳ないし55歳の「停年制」を導入。1929年に始まった世界恐慌から戦中を経て,戦後の混乱期を経験する頃,従業員を解雇する方策として実施していました。
②戦後の混乱期,折しも労働組合結成が盛んだった頃,労働者は解雇への反対運動を開始。1946年,日清紡美合工場で男性55歳,女性50歳の定年年齢が始まったとされています。

この年齢が,1986年の法改正まで慣行として継続していました。ここで疑問なのは,定年退職は年齢によって働く自由を奪うものであり,人種や性別での差別禁止を唱えている日本国憲法第14条1項に照らして「年齢差別」ではないか,という問題です。しかし,定年制の存在は法律上では問題ないと解釈されており,最高裁の判例も出ています。もう一度,先ほどの本から引用します。

「定年後の経済学」(橘木俊詔,2019,PHP研究所)によれば,定年制の法律上の三つの解釈として,
①定年に達したときに企業が解雇の意思表示を行う性質とみなして,労働契約の終了による定年退職制であるとの解釈できる。
②日本の実情に照らし不合理な制度ではないとする見解が大勢。最高裁判決(秋北バス事件,最判昭43.12.25)では「定年制は老年労働者にあっては当該業種又は職種に要求される労働の適格性が逓減するにかかわらず,給与が却って逓増することから,人事の刷新・経営の改善等,企業の組織および運営の適正化のために行われる」と肯定した。
③定年制は定年に達したすべての者に対して一律的に適用されるもので,形式的な平等は満たされている。誰かを優遇するとか差別するものではないという法律的な平等を評価している。

「自分はまだまだ生産性は衰えていないから,もっと働かせろ!」と,定年制に反対して裁判で争っても日本では勝ち目はないと覚えておきましょう。

☆海外の状況

次に海外諸国はどのような状況なのか調べた情報を整理してみます。

はじめに,アメリカでは法律により、使用者は、雇い入れや労働条件などに関して、年齢を理由に差別することを禁止しています。つまり、「60歳になったら会社を辞めてもらう内容の契約をする」といったことができないのです。ちなみに、カナダやイギリス、オーストラリアなども定年制が禁じられています。

従業員個人の意思でリタイアの年齢を決定します。1990年代初頭の平均リタイア年齢は57歳でしたが、2002年から2012年にかけては60歳、2014年では62歳と、年々上昇しています。さらに、現時点で就労している人たちがリタイアしたいと考えている年齢の平均は66歳とのこと。平均寿命が延びるなか、アメリカでも老後の資金を不安に思う人が多いということなのでしょうか。なお、アメリカにおける退職年金の満額受給年齢は65歳ですが、現在、年金制度の改正に伴って、67歳まで段階的に引き上げられています。日本と同じようなことが起こっています。

ドイツをはじめとしたヨーロッパ諸国では、定年年齢と年金受給年齢がリンクしているのが一般的です。たとえば、民間企業であれば、従業員が年金受給年齢に達した際、解雇の通知なく雇用関係を解消する旨の労使合意を交わすことによって、定年が定められています。ドイツにおける年金受給年齢は65歳ですので、現時点では65歳が実質上の定年となっています。
ただし、ドイツでも日本やアメリカと同様、年金受給開始年齢の引き上げが議論されており、現在、67歳まで段階的に引き上げられているところです。これに呼応して、各企業の定年年齢も引き上げられることが予想されています。

一方、アジア諸国のマレーシアにおける老人年齢人口比率は、2015年時点でわずか5.9%となっており、高齢化社会とは言えません。にもかかわらず、2013年、政府は定年年齢を、当初の55歳から60歳に引き上げることを義務化しました。
この背景には、経済発展による労働力不足があります。マレーシアのような発展中のアジア諸国では、若い世代だけでは、経済成長に必要な労働力を確保できないのが現状なのです。さらに、平均寿命が75歳まで延びたことも影響しています。マレーシアでは、年金・退職金を現役時代に積み立てておく仕組みであるため、55歳が定年では、20年近くのあいだに年金・退職金を使い果たしてしまう危険性もありました。このような状況は、マレーシアだけでなく、中国やタイでも起こっているようです。

労働者の退職,引退行動は年金制度と密接な関係があることが分かりますね。年金支給が確実にあるなら引退後の家計への不安は解消されるので,定年年齢の決定は年金支給開始年齢と連動しているし,年金支給額がいくらかであるのかの影響も大きいわけです。年金の話しは,稿を改めてお伝えしたいと思います。

☆退職金の状況
 

退職金は,定年退職後の生活を考えるうえで欠かせない大切な資金のひとつです。どのくらい,どのような方法で受け取れるのか,把握しておくべきです。一度,勤め先の退職金制度を調べてみましょう。シミュレーションしてくれる会社もあると思いますので,申し込んでみてはいかがでしょうか。

退職金制度とはどういう仕組みなのかみていきます。退職金の起源は,江戸時代の商家の「のれん分け」ともいわれています。明治時代の産業の勃興とともに企業に普及し,従業員が退職するときの一時金として主にホワイトカラーに支払われていました。大正・昭和時代に一般従業員にも支払われるようになり広く普及しました。普及した理由は,①長い期間の勤労に報いたい企業側の動機,②引退後の生活保障の支給,③有能で熟練した従業員が中途で退職しないような手立ての一つ,であるといわれています。呼び名は,企業によって異なりますが主に「退職金」「退職手当」「退職慰労金」があります。退職金の受給方法には大きく2つの種類があり,「退職一時金制度」と「退職年金(企業年金)制度」がそれにあたります。退職一時金制度は,退職時に一括で支払われます。一般的に退職金というと退職一時金を指す場合が多いです。一方の退職年金は一定期間(一生涯支給もあります)にわたり一定額を年金として支払われる形式のものです。

厚生労働省の調査結果によると,退職給付制度がある企業のうち,
①退職一時金制度のみは73.3%
②退職年金制度のみは8.6%
③両制度併用は18.1%
となっています。

実は退職金制度は法律で義務化されていません。退職金が支給されない企業もあり,厚労省の調査では退職金制度がある企業は80.5%で,残り約20%は退職金が支給されない企業という結果があります。正社員なら必ず退職金がもらえるわけではなく,給付の内容も企業によって異なりますので,繰り返しになりますが,是非,ご自分の会社の退職金制度を確認しましょう。老後マネープランのスタート地点は退職金になりますよ。

 各国の事情を調べてみると,アメリカには退職一時金制度がないため、確定拠出金制度をスポンサーとして、社員の退職資金の準備を助ける仕組みを導入しています。一般的なのは、401(k)と呼ばれる投資型の年金積立システムです。この方式では、従業員個人の積立金が給料から天引きされて、企業に預けられます。企業はその資金を運用して、積立額を増やしていく仕組みです。終身雇用という概念のないアメリカならではの福利厚生制度と言えます。ドイツでは,被用者の自己都合による退職の場合は通常支給されない。一方,フランスでは退職金制度があり,希望退職か雇用主による労働者の解雇かにより、退職金の計算額が変わります。

☆実際の退職金の額

退職金の額は,企業の規模,勤続年数,職種,学歴,退職理由で異なりますが,以下では大企業と中小企業の平均金額を紹介します。

はじめに大企業の場合ですが,厚生労働省(中央労働委員会)「賃金事情等総合調査(令和元年)」のデータ(大企業223社の回答をもとにした調査)では,

大学卒は22歳,高校卒は18歳で入社し,定年退職するまで勤務した場合の平均退職金額(千円未満四捨五入)
 ・大学卒:2,290万円
 ・高校卒:1,859万円

次に,中小企業ですが,東京都産業労働局「中小企業の賃金・退職金事情(令和2年版)」のデータでは,

卒業後すぐに入社し,定年で退職するまで勤務した場合のモデル退職金(千円未満四捨五入)
 ・大学卒:1,119万円
 ・高校卒:1,031万円

退職金が勤め先の企業の規模や,自分の学歴によって大きく異なることがお分かりいただけたと思います。
退職金は,長い老後生活を支える大切な資金のため,計画的に使っていかなければなりません。老後の支出で大きいものには,病気やケガでの入院・通院,家の住み替え,老人ホームへの入居,葬儀費用があります。退職金を気前よくもらった先から浪費するのではなく,原則65歳から支給される公的年金を生活費に回し,退職金は大きな支出に備える資金として貯蓄,低リスクで利回りが期待できる投資信託などの金融商品で運用して原資を減らさないようにすることが大切です。